磯蔵酒造有限会社(笠間市稲田、磯信子社長)の磯貴太専務は、パーティーの席で、酔ったイタリア人から「本当の地酒」をめぐり、挑発されたのをきっかけにイタリア行きを決意。「近所のワインを毎食、水のように飲む」イタリア人の姿に、真の地酒とは何であるかを再確認し、このほど帰国した。



 事の発端は、イタリアから交換留学で来日し、笠間に滞在している陶芸家たちの歓迎パーティーを磯蔵で開いたことによるという。スタッフの一人は、「日本酒は売るほどあるけれど、(日本酒を)飲めない人もいるだろうと、ワイン専門店お薦めのイタリアワインを用意してサービス満点、自信満々でお客さんを迎えました。ところが、パーティーも半ばを過ぎたころ、一人の酔ったイタリア人が、専務の隣に座り、『お前は日本酒を造っているのに、なぜワインなんか出しているんだ? しかも何だ! この駄目なワインは』と言い出したんです。専務は自信満々でしたから、怒りも大きかったのでしょう、『このワインは、あなたたちのために、わざわざ用意したんだ。ダメなワインってどういうことだ。いいワインってどんなワインなんだ!』って、酒で赤らんだ顔をさらに赤くして言い返したんですよ」と、当夜の恐怖そのままの表情で振り返る。
 さらに、磯専務が不気味な笑みを浮かべながら語ったところによると、「奴はニヤッと笑って、紙切れにローマ字をしたため、『これがワインってもんだ、おれの生まれた町で造っている。探して飲んでみろっ』と言った」という。
 ふだんから地元の素材を地元で酒にし、地元で飲んでもらうのが本当の地酒と意気込み、蔵を取り巻くさまざまな状況に悪戦苦闘しながらも、「本当の地酒」造りを目指す磯専務にとって、このイタリア人の仕事に対するプライド、愛郷心に「我々もこうありたい」と感心する一方、「その自慢のワインとやらを絶対、手に入れてやる」(磯専務)と心に誓ったという。

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 後日、何軒かのワイン専門店に、そのワインを探してもらったところ、一様に「日本にはない。これはイタリア国内でもあまり流通されていない、田舎の小さなメーカーのものだろう」という返事。イタリアでは、有名なワインなのだろうと想像していた磯専務は、驚きと同時に、大変感動したという。その理由を、「それはイタリアに旅行中の笠間市民が、イタリア人が用意してくれた有名地酒に対し、『これは本当の日本酒じゃない。本物とは茨城は笠間で造っている稲里だ』と言ってくれるのと同じこと。これほど酒の造り手にとって、光栄なことはないでしょう? それを考えた時、私はイタリアに行ってみたいと思う気持ちを抑えることができなかった」と、磯専務は興奮ぎみ。記者の「専務はイタリア語が堪能なのか」という質問にスタッフが、「専務はイタリア語はおろか、英語すらろくに話せない。そのため、学生時代からの友人で、現在はイタリアンレストラン『タベルナ・ガム』など、水戸市内で四つの飲食店を経営するイタリア通の軍司直樹社長に同行を頼んだ」と明かす一幕も。
 かくして出発とあいなった、珍道中の結末やいかに。

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古き良き職人仕事を大事にするイタリア。この日もクラッシックカーレースが行われていました。
 「軍司社長は忙しい身ながらも、快く同行を引き受けて下さり、この上なくスムーズにイタリアに到着することができた」と澄まし顔だ。
 このちゃっかりぶりが功を奏し、イタリア語のメニューが読める軍司社長は、およそ観光客が訪れることはないであろう「イタリア人の日常」的な食堂へ、次々と磯専務を案内してくれたという。「そこで私が目にした光景は、真っ昼間からワインを飲む陽気なイタリア人っ! 驚いたのは、誰一人としてワイングラスで飲んでいる人がいないこと。安っぽいコップになみなみとハウスワインを注いでいる。銘柄を選んで、ボトルで飲んでいる人など見当たらなかった。またそのワインのうまいことっ! 日本で飲むワインより、かなりフルーティーでフレッシュ。早速、店員さんに銘柄を聞くと、相手はちょっと驚いた顔をして、『ここの地酒だよ』と一言。感動しましたね。軍司社長の通訳によれば、近所の醸造所で造られたものを、近所の酒屋から、ポリタンクみたいな大きな容器に入れて量り売りで買ってくるとか。しかも店員たちは正式な銘柄は知らず『○○さんの酒』的な呼び方をしているらしい。なんと大雑把(笑)。でも近所のものだから、いつも搾りたての新鮮な酒なんです。そしてこの辺りの人はみんな、その酒を当たり前に、毎食水のように飲んでいる。素晴らしいことでしょう? これこそ当蔵の考える地酒の理想、『本当の地酒』の姿だと思った」と感慨深げに語る。

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 イタリアでの一週間は、「稲里もこうありたい」と、自ら言い聞かせるように、あの町、この路地と毎食毎晩イタリア版「本当の地酒」を飲み続け、あっという間に過ぎたという。
「さすがに体がワイン臭くなり、日本酒と和食が恋しくなったので、イタリアの飲食探求にいそしむ軍司社長を残し、私は一人イタリアを後にしました。もちろん、例のワインも見つけ、お土産に持って帰りましたよ。えっ、味はどうだったかって? それは私たちだけの秘密です」。
 ということは、もう全部飲んでしまったということ? がっくりと肩を落とす記者に、磯専務は「稲里」を豪快に振る舞ってくれた。

磯蔵酒造有限会社/茨城県笠間市稲田2281番地の1/電話(0296)74-2002